次回作の準備号です
二度目の異世界召喚をされたヒロインが、すっかり人が変わってしまった元優しい魔王様にめちゃくちゃに溺愛されるお話。なんでも許せる人向けです。
※準備号のため、内容の大きな変更や誤字・脱字などが多くみられます。ご了承ください。
1
――かつて、私は異世界に召喚された。
高校三年生になった私は、桜が舞う歩道で足を滑らせ……気が付いたら見知らぬ城の中にいた。
「聖女様……聖女様が降臨なされたぞ!」
「すぐに国王陛下にご報告を! これで魔族どもに対抗できる……!」
制服姿で突如右も左もわからない異世界に飛ばされた私は、その国の国王陛下や宰相、貴族たちによって「聖女」と呼ばれるようになった。
聖女の名には特別な力があると言われて本来の名を名乗ることは許されず、元居た世界に帰ることができないまま王宮の奥で暮らすように命じられた。
……彼らに逆らわなかったのは、丸腰の私が武器を持っている彼らに抵抗できるとは思わなかったからだ。
私の持ち物は通っている学校の教科書とスマホだけ。それらも召喚されたその日に取り上げられてしまって、剣を携えた彼らに立ち向かう気力もなくなってしまった。
「聖女様には、この世界にはびこる魔族どもを殲滅するための鏑矢となっていただきます」
この世界には、人間と魔族という二つの種族が存在している。
圧倒的多数を誇りながらも短命種である人間と、長命でありながら絶対数が著しく少ない魔族。
彼らは争いあい、時に互いの領土を奪い合いながら暮らしていた――そう教えてくれたのは、私を召喚した国の宰相……総理大臣のような立場のお爺さんだった。
「か、鏑矢……?」
「左様。聖女様のお姿を見て、現場の兵士たちの指揮はたちまちのうちに向上するでしょう――この大陸から魔族どもを討滅し、我ら人間のみの世界を作り上げるは全世界の民の悲願! 聖女様のお力を、どうか我々に貸していただきたいのです」
「……そう言われても」
突然見知らぬ世界に連れてこられて、家族にも会えないまま「魔族と戦え」と言われても無理な話だ。
だって私はただの高校生で、特別な力もなければ何か秀でたものもない。むしろ人より運動神経が悪いくらいなのに、長命で力の強い魔族と渡り合えるとは思っていなかった。
「私はそんな……特別なことは、なにもできません」
「ほほほ、聖女様。あなた様はご自分に与えられたお力に気付いていらっしゃらない――お前たち、聖女様を『馬車』に載せて差し上げろ」
「……え?」
王宮の奥、本来ならば限られた人間しか入ることができないはずの私の部屋に、何人もの屈強な兵士たちが雪崩れ込んできたのはその時だった。
一体なにがあったのかと目を丸くしていると、宰相は伸ばしたひげを指先で撫で、今までと変わらない穏やかな口調でこう告げた。
「聖女様はこれより、『馬車』にて魔王城へ向かっていただきます。そして……魔王と相打ち、最悪でもその力を半分まで削いでいただく」
「なっ……なにを言って――やっ、放してっ!」
両腕を兵士たちに捕まれて、体を縄でグルグル巻きにされる。
乱暴をされるのではないかと体が強張ったが、彼らは私を縛り上げた後、馬車を模した小さな箱の中に閉じ込められた。
馬車というより、学校で習った屈葬墓に近い形状の箱の中に押し込められ、外側からはなにやら不思議な響きの言葉が聞こえる。
「ご安心召されよ、聖女様。あなたの命を賭した輝きは、きっとこの世界の兵士たちの希望となることでしょう。さぁ、なにもご心配はなさらず……」
「え、ちょっ――ちょっと待って! 命、って――」
内側からは開けることができない、棺のような馬車。
呪文のような響きがどんどん箱の内側に満ちていって、私はそのまま気を失った。
――そして再び目を覚ました時、私は最初に召喚された城とはまた異なる、暗くて静かな雰囲気の城の中にいた。
「……あ、起きた」
「ぅ、え……?」
「人間……人間、ではあるな。この『湖の孤城』に生きた人間が立ち入ることができるとは――結界が壊れていたのか?」
低く、耳心地のいい声。
それにつられるように目を開くと、美しい顔立ちの青年がこちらをじっと覗き込んでいた。
髪の毛がカーテンのように垂れていることから、多分私が地面の上に寝そべっているのだろう。
「おぉい、人間」
「人間、って名前じゃ……な、ないです」
「あぁ、そうか。だが私はお前の名前を知らないからな。だから人間と呼ばせてもらう」
お前たちも我らを魔族と呼ぶだろう、と、深く穏やかな響きの声が告げる。
……魔族。
召喚されたり命を賭けさせられたり、展開が怒涛すぎてまったく頭がついて行かないのだが……この口ぶりだと、目の前にいるこの青年は魔族ということなのだろうか。
「え、っと……あなたは、魔族ですか?」
「驚いた。学校の教本以外でその言葉を実際に聞くことになるとは」
「えっ」
もしかして、今の台詞って「コレはペンですか」と同じくらい実際にはありえない言葉だったりするんだろうか。
黒く染めたシルクみたいなサラサラの黒髪をなびかせて、目の前の彼はクスクスと笑いをこぼし始めた。
「いや、うん。魔族だよ……エ・デベルサの末裔である黒曜石と月の氏族――」
「つ、月? こく……ん? えっと……吸血鬼、とかではなく?」
「それは人間の呼び方だ。彼らには『アンデ・ミリの末裔たる水鏡と流星の氏族』という呼び名がある」
……なんか聞いたことのないルールを持ち出された。
私がいた世界では吸血鬼をヴァンパイアと呼ぶことはあれど、そんな長ったらしい名称で呼ばれているのは聞いたことがない。
やっぱりここは、根本的に私が暮らしていた世界とは別の世界なのだろう。
ぼかんと口を開けながら目の前に立っている男性の話を聞いていると、彼は自らの名を教えてくれた。
「イルディオ……イルディオ・エル・ラクリモサ。真名はもう少し長いが、人間が聞くと気が触れるらしいから……イルかラクリモサと呼んでくれ」
「……イ、イル」
聞いただけで気が触れる名前ってなんだ、と背筋が寒くなったが、とにかく私は彼のことをイルと呼ぶことにした。
どうやら私が目を覚ましたのは、イルが普段暮らしている城の中であったらしい。
箱の中に閉じ込められた私をベッドのある部屋まで運んでくれたイルは、ぽつぽつと話を聞かせてくれた。
「この『湖の孤城』は、本来難攻不落の結界を持つ城だ。それを乗り越えて人間がやってきたから、城の者たちは少し驚いて身を隠している」
「そ、れは――えぇと、魔族……と人間が、あんまり仲良くないから?」
「そうだ。人間は我らの力を恐れているし、我らは人間の数が恐ろしい。だからこうして暮らす場所を分けて、互いに非干渉を定めていた……んだが、最近彼らは少し気が立っているらしい。ここ三百年ほど、我らの領地に兵を進行させたり、同胞に危害を加えたりしていると聞く」
イルは丁寧に、私にもわかりやすい言葉で今の情勢を教えてくれた。
てっきり人間と魔族はいがみ合い、争いあって暮らしていると思っていたのだが、魔族からしてみると『勝手に領土を踏み荒らされたので、十年ほどの短い時間で報復をしただけ』という認識のようだ。
(これは――生きてる時間の違いが、決定的な断絶を生んでいる……)
イルの口ぶりから察するに、魔族にとっての十年は、私たちで言うところの季節が一つ過ぎ去るくらいの感覚であるらしい。
春先から夏にかけて、ちょっかいをかけてきた隣国に仕返しをした、くらいの感じなのだろう。
だが、人間にとって十年は長い。少数であっても絶大な魔力を持つ魔族からの報復は、大陸中を不安と疑心暗鬼に巻き込むには十分すぎる時間だった。
「それで、お前が突然ここへやって来たのは――もしかして停戦の申し入れか? この城の結界を破るとは、もしやお前は名のある魔術師である、とか……?」
「いや……ち、違うと思う。その――」
とりあえず、イルが今すぐ私に危害を加えてくることはなさそうだ。
彼の穏やかな雰囲気からそう判断して、私はなぜ自分がここにいるのか、これまでの流れをイチから全て説明した。
私はこの世界とはまた異なる場所から召喚されたこと、聖女と呼ばれていきなり棺のような箱に閉じ込められたこと、気が付いたらこの城でイルが目の前にいたこと――彼のように流暢にこれまでの流れを話すことはできなかったが、イルは時折相槌を打ちながら熱心にこちらの話を聞いてくれた。
「なるほど……聖女、か。それも、ここではない場所から連れてこられた異世界の人間――」
「……そういう、魔法? 魔術? みたいなものが、この世界には存在してるの?」
「あぁ……本来高等魔術は、我らの専売特許だ。我らが千年の鍛錬で到達する境地を、人間は本来垣間見ることはできない。だが――彼らは世代を経て、知識や力を継承する」
長い期間の記録や研究をもとにして、ヒトもまた魔族と同じように魔術を扱うことができるようになってきたらしい。
「そして、異世界からの客人(まろうど)の召喚……これは非常に難解な術式だ。恐らくは、今の私でも単独での召喚は不可能……」
すっと目を細めて口元に手を当てたイルは、それから少し黙りこんだ。
相変わらず室内には静かな空気が流れているが、人間の国にいた時のような緊張感はほとんどなかった。
まるで、深い森の中で深呼吸をしているみたいな穏やかな雰囲気――空気は冷たかったが、嫌な冷たさではない。朝日が昇る寸前の、キンと澄んだような空気が何とも心地好かった。
「なるほど、大体理解できた」
「り、理解って……」
「お前は恐らく、私を殺すためにここに運ばれてきた……聖女というのは、人間たちの信仰対象だろう? 他の世界からやってきた人間を、なぜ彼らは無条件で信仰するのか――それは、彼らの眼前に打倒すべき対象が存在しているからだ」
淡々とした口調のまま、彼は自らの胸元にそっと手を当てた。
「そして、その打倒すべき対象とは……私のことだ」
「え? イ、イルが……?」
「然り。エ・デベルサの末裔である黒曜石と月の氏族……これは我らの氏族の通り名だが、人間たちはもっと短い呼称で我らを呼ぶ」
長い黒髪が、ふわりと一瞬風になびいた。
同じ色の、吸い込まれそうになるくらい深い瞳が伏せられて、澄んだ冷たい空気がほんの刹那だけ熱く燃え上がる。
「――魔王。当代魔王ラクリモサ……彼らは私をそう呼ぶし、私も彼らがそう呼ぶことを禁じてはいない」
「は、ぇ……えっ? 魔王? 魔王って……つ、角とかは? 口から火を吐いたり……空、飛んだり――」
「角……? 王冠のことか? あんなものは肩が凝るから、正式な場でなくばつけたくもない。あと、口から火を吐くのは舌を火傷して痛いし――空を飛ぶことはできるが、それは我らにとって然程難しい魔術ではないな」
私が持っていた「人類の敵であろう魔王」のイメージが、この瞬間に音を立てて崩れていく。
だって、目の前にいるイルは突然私に剣を向けたりはしないし、縛り上げて妙な箱の中に詰め込んだりもしてこない。
こちらの話をしっかりと聞いて、私が困惑しないように優しい口調で疑問に答えてくれる。
「そ、んな……」
「大方、お前は私を殺せとでも言われたんだろう? ……お前の体の中から、妙な魔術の気配がする。城の者たちも、それに怯えていたのか」
表情を変えることもせず、イルは腕を組んでしばらく考え事をしだした。
突然目の前にいる人物が魔王だと告げられた私は、混乱する思考をなんとか整理するので必死だ。もっとゲームのラスボスみたいな筋骨隆々でおっかない感じのを想像していただけに、ちょっと拍子抜けしてしまう。
「……お前の体に呪いが仕込まれているな」
「は!?」
「でたらめな呪いがいくつも重ねがけされている――万が一こちらがお前の体を傷つけたら、即発動する厄介な呪いだ。一つが発動すれば次の呪いが連鎖期に発動し、媒介となった人間の血肉を糧に更に呪いが悪化する……」
――そんな末恐ろしい呪いが、まさか自分の体にかけられていたなんて。
絶句する私に、イルは更に驚きの真実を告げてきた。
「媒介の人間も、五体を保ったまま死ぬことはできまい。さすがに自国の人間を呪いの核にするのは良心が痛んだんだろう」
「……私だったらそんな状態になってもいい、ってこと……?」
「お前はこの世界の人間ではないからな」
流石のイルも、軽く眉根を寄せている。
これまで淡々と感情を感じさせない口調で話していた彼は、緩やかに首を横に振るとそっと私の視線に目を合わせてきた。
「少しだけ触れても?」
「え――ど、どうぞ」
触れるという言葉に一瞬ドキッとしたものの、イルは小さく頷いて方にそっと触れてくるだけった。
「……触れてみて分かった。十六の呪詛と七つの魔術が重ねが消されているな……この場で呪詛は十三、魔術は五つ解除することはできるが」
「え……そんなことできるの?」
「逆に言えば、この場で解除できない呪詛や魔術がそれだけあるということだ。人間が組んだ術式で、これほどまでに精密で複雑なものはそうそう見たことがない」
そう言いながら、イルは長く美しい自らの黒髪を二本、プツンと切って私の小指に結び付けた。
「男の髪など気味が悪いかもしれないが、少しこのままでいてくれ。……それと、完全に呪詛が解けるまでは――お前を我が客人として、『湖の孤城』に迎え入れる。これは城主としての私の言葉であり、魔王としての宣誓である……よし。これでお前に追尾していた魔術は断ち切れたはずだ」
イルがそう言い終えた瞬間に、小指に結びつけられた髪の毛がボッと音を立てて燃えた。
魔術やら何やらが理解できない私は、自分の身になにが起こっているのかもよくわからないままその光景を眺めているしかない。
「も、燃えた……」
「今すぐに命を奪うような呪詛は解いておいた。燃えた髪の毛は、私やお前の魂の代わりに燃やされただけだ」
「つまり、それって……私自身があんな風に燃えてたかも、ってこと……?」
「然り」
チリも残さずに燃え尽きた髪の毛に自分の姿を重ねるとは思ってもみなかったが、想像してみたらなかなかヤバそうなことになりかけていたみたいだ。
今更になって背筋がゾッとしたが、それを仕掛けたのが人間の方で、助けてくれたのが目の前にいる魔王だというのがなんとも皮肉だ。
「残りの呪いは、月の光を浴びたり朝露を飲んだり、時間の経過が必要なものだ……数日はこの城で暮らしてもらうことになるが、問題はなさそうか」
「問題……っていうか、その――元の世界には、帰れないのかなぁ、って……両親とか、心配してるかもしれないし」
「……世界間の移動は不可能なわけではない。少し手間がかかるが、方法が皆無というわけではないから――準備だけはしておこうか」
曰く、こちら側に連れてくる魔術と、こちらから送りだす魔術は系統が違うらしい。
その辺りはどうにも理解ができなかったが、とりあえずはイルのなんとかしてくれるという言葉を信じることにした。
――というより、私はこの世界で、彼以外に頼るべき人がいない。
同じ人間に酷い魔術をかけられて、苦しんで死ぬように仕向けられていたのだ。
(魔王に命を救われるっていうのも変な話だけど――でも、少なくとも今はちゃんと助けてもらったし……)
手のひらを開いて、じっとそこを見つめてみる。
当然だがなにか変わったことなどないし、私が特別な力を発揮できるわけでもない。
「魔王を打倒する存在は、聖なるものでなくてはならない。ゆえに、お前は聖女と呼ばれたんだろう」
「……都合いいなぁ」
偉い大人って汚いな。
そんな言葉が頭をよぎって、それから深くため息を吐いた。
「なんか……一気に色々ありすぎて、実感わかないんだけど……」
「召喚されて、何もわからないうちにここへ送り込まれたんだ。理解が及ばないのも無理はない……とにかく、しばらくはこの城でゆっくりしていくといい。使用人たちには私から話を通しておく」
イルの涼しげな視線が、ちらりとこちらを見る。
なんだかどっと疲れてしまった私は、彼にゆっくりと頭を下げてお言葉に甘えることにした。
どちらにせよこのままだと自宅にも帰れないので、庇護してもらえる立場になったというだけでも安堵を覚える。
「ダレット……客人だ。下級の氏族は彼女に近づかないよう忠告し、北辰の間に通せ」
ふと、イルが顔を上げて虚空に声をかける。
すると、今まで誰もいなかったはずのその場所にぬるりと黒い影のようなものが浮き上がってくる。
あっと声を上げる間もなく、その影は背の高い青年の姿を取った――影絵が浮かび上がって来たみたいで、なんだか不思議だ。
「かしこまりました、イルディオ様……御客人はなんとお呼びすれば?」
「聖女でいい。事の顛末は聞いていたな?」
「聞き及んでございます。しかしながら……人間どもめ、また厄介なものを」
すらりとした――まるで針金のような痩躯の男性は、ダレットさんというらしい。グレーの髪を撫でつけたダレットさんはちらりと私の方を見てから、うんざりしたように首を振った。
「呪いを解くまでの数日、彼女は私が保護する」
「委細承知いたしました。聖女様、イルディオ様の側仕えをしております、ダレットと申します」
「……よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、ダレットさんは少しだけ笑って同じように頭を下げてくれた。
……なんだか、彼らが魔族だというのがにわかには信じられない。少なくともこの世界では、私は魔族の方にばかり助けられている――イルの城でしばしの時間を過ごしている間も、その考えは一度も変わらなかった。
イルは私に「北辰の間」という部屋を与え、食事や衣服などもダレットさんを通して不足なく用意してくれた。
夜は暖かい布団で眠れるし、どこかで殺されるかもしれないという恐怖もない。それどころか、イルは時折私の元に様子をうかがいに来てくれたりもした。
「お前が元々いた世界に、魔術はないのか」
「……マンガ――えっと、物語とか、おとぎ話の中にはあるけど、実際に使える人っていないんじゃないかな。手品とか、仕掛けがあって魔法っぽく見せることができる人はいるけど」
「そうか……では、不便な暮らしを送っているんだな」
「……ん? いや、それは違うよ! だってこっちの世界、電車もないしスマホも通じないし、ていうか電気ないし!」
――そう、意外だったのは、イルが案外おしゃべりで未知の技術に対する関心が強かったことだ。
数日かけて私にかけられていた魔術を解きながら、彼は私の元居た世界について知りたがった。とはいえ、私も自分がいた世界のことを詳しく説明できるわけじゃないので、わかる範囲のところを更にかいつまんで説明した。
「それでね、スマホ……えーと、ちっちゃい板みたいなのがあって、それで世界中の人と話せたり、手紙みたいなのを送れたりして……」
「遠距離通信を魔術の加護なく成し遂げるとは……そちらの世界の人間は、こちらの世界の者よりもよほど勤勉なのだろう」
「そうかなぁ。結構色々サボりがちだよ?」
この世界に召喚されて、友達も親も近くにいない。
そんな状況に放り出され、一時はどうにかなってしまうんじゃないかと思っていた。
けれどイルは、そんな私に寄り添い、たくさん話をしてくれた。この世界に関する知識のほとんどは彼によってもたらされ、案外魔族も人間もどっこいどっこいで良くないことをしているというのもなんとなく理解してきた。
(人間は魔族を怖がっているから、同じ人間同士でも相手を魔族と決めつけて迫害したり、痛めつけたり――魔族は人間のことを下等な生き物だと思ってるから、平気で殺したりもするし……)
魔族は頑丈で、長生きで、力も強い。
私が生きている世界には人間よりも強い種族はいないから、そんな存在の脅威に晒されているこの世界の人間たちの気持ちを想像するのは難しかった。
(そんな状況でも、同族同士でいがみ合うのは止められないんだなぁ)
学校で先生が、似たような話をしていたのを思い出した。
「ねぇ、イル」
「ん?」
「人間と魔族って、どうやっても仲良くなれないの?」
魔王であるイルにそんなことを聞くのは、もしかしてとても失礼なことだったかもしれない。
けれど彼はそんな質問に怒ることもなく、そっと私の手を取ってからゆっくりと首を横に振った。
「今は、まだ。私もヒトが何を考えているのかはよくわからなかった。こうしてお前と言葉を交わして、ようやく少しだけ……お前たちの考えが理解できるようになってきたところだ」
「うん……」
「ゆえに、まだ時間がかかる。我ら魔族は長命であるがゆえに、一度持った思想や思考を切り替えるはとても難しい……恐らくそこは、お前たち人間の方がよほど得意だろう」
百年足らずの寿命しかない中で、連綿と歴史を紡いでいく種族。
イルは人間をそう評価していた。他の魔族のように下等な種族であるとは言わない。特性が違うだけだというイルの言葉に、私はどこか救いのようなものを感じていた。
「いずれ……私がもっと、お前たちのことを理解できた時――もしかすると我らと彼らは、どこかで手を取り合うことができるかもしれない」
パキ、と音がして、また一つ私の体にかけられた呪いが解かれる。
解除には何日も時間がかかるような魔術もあったが、彼はそれを面倒くさがることなく、私に負担がかならないように正規の手順で紐解いてくれる。
そして――その頃には、私はイルと恋に落ちていた。
恋といっても、おままごとみたいなものだ。キスもしないし、体の触れ合いもない。ただ静かに、二人で寄り添うだけのとても静かな恋だった。私はイルの側にいられたら幸せだし、きっと彼も同じように思ってくれていたはずだ。
(もう少しだけ……呪いが解けなかったらいいのに)
湖の孤城での暮らしはとても穏やかで、城の中で働いている魔族たちも次第に私と言葉を交わしてくれるようになった。
そもそもこの城で暮らしている魔族はイルを含めて十数人しかおらず、魔王が暮らす城としてはとても人員が少ない――というのは、ダレットさんの愚痴だ。イルは静寂を愛しており、同族であってもあまり側に人を置きたがらないのだという。
「愛されていらっしゃると思いますよ。聖女様は――イルディオ様は、あなたと一緒にいるととても穏やかな表情をなさる」
「……イル、表情変わらなくないですか?」
「いえいえ、三百年ほどお仕えしていて、あの方があれほどににこやかに微笑むのは初めて見ましたとも」
ダレットさんはそう言っていたが、イルは基本的に喜怒哀楽の表情がとても分かりにくい。
ただ、自分の気持ちは割と言葉に出してくれるので、私を大切に想ってくれていることだけは知っていた。
「お前の体に施されている呪いは、残り一つ。……最初に出会った時から解除の手順を踏んでいるが、一度も成功していない」
「え――それって……大丈夫なの?」
「安心していい。お前の体になにかしらの反動があるわけではない、が……本来守るべき魔術の手順を無視されているがゆえに、どこにゆがみが出るのかがわからない」
軽く眉を寄せたイルは、魔術というのがどれだけ「手順」を大切にしているのかを教えてくれた。
「守りの呪文は、手順を間違えると強力な呪いになる。意図的にその部分を捻じ曲げ、強い加護をもたらす呪文を呪いに変化させているんだ」
「と、解いてるイルの方には、なにか悪い影響とか出てないの?」
「……今のところは問題ない。すべて対応できている」
気だるげに長い髪をかき上げて息を吐いたイルは、優しく私の手を取って指先を絡めてくる。
「安心しろ。魔術の解析という点において、私はこの世界の誰よりも詳しい自信がある」
「ま、魔王が言うと重みが違うなぁ」
「そうだろう?」
珍しく冗談を言ったイルが、やんわりと微笑んで指先にキスをしてきた。くすぐったいと身を捩ると、彼はそのまま私の体を柔らかく抱きしめてくれた。
「――イル」
「言うな。言えばお前はその言葉に囚われる……お前はきっと、元の世界に帰って幸せに生きられるはずだ」
大きな手のひらが、そっと背を撫でてくれる。
……帰りたくないと言ったら、イルは一体どんな顔をするだろう。彼は私が元の世界に帰ることができるように手を尽くしてくれているのに。
(でも、そうしたら私は……イルの側には、いられないんだよなぁ)
両親や友達がいる、元の日本に帰ったら。
そしたらきっと、私はイルのことを忘れて生きるだろう。小学生の頃に転校していったクラスメイトの名前を思い出せないように、いつの間にかテレビに出なくなっていた芸人のことを忘れるように、イルの記憶は日ごと薄れていくことだろう。
「……ん、ありがとう。イル――」
そのことを、悲しがっちゃいけない。
イルの側にいたいけど、彼はきっと私が元の世界に帰ることを一番に喜んでくれるはずだから。
口に出したかった言葉をぐっと飲みこんでイルの体を抱きしめると、なにかがチリッ……と指先に触れたような気がした。
「っえ――ぁ、あっつ……!」
焼けるような熱さと臭い。
焦げ臭さに眉を寄せたのもつかの間、自分の指先に炎がともっているのに気付いてしまった。
「ッ……イル! なにこれ……!」
「――これ、は」
珍しく目を見開いたイルが、自らの手で炎を消そうとして私の指先を握りしめる。
けれどそれだけでは炎は消えず、熱は皮膚を舐めるように手首から肘、そして肩までを飲みこんでいく。
「呪い、だ……これはっ……! 聖女!」
『やはり――だった、か……』
『失敗、失敗だ……!』
唸るような叫び声と共に聞こえてきたのは、しわがれた男の人の声だ。それも、一人や二人ではない。
(これ、は……)
熱さとは裏腹に、痛みはいつまで経ってもやってこない。ただ肉が焦げる嫌なにおいの中、私は必死に火を消そうとしているイルを突き飛ばした。
「だめ……!」
「ぐ、っ……」
この炎は、きっとイルにとってよくないものだ。そう思ったのか完全に直感だったが、頭の奥で響く老人たちの声がなにか悪態をついているのが聞こえる。
(あぁ……そう、か。この声は……この世界に召喚された時に聞いた……)
私をこの世界に呼びだし、イルを殺すために呪詛や魔術をかけた人間たち。
きっと彼らは、この炎で私ごとイルを殺すつもりだったのだろう――突き飛ばされて体勢を崩したイルがこちらに手を伸ばすが、私はそっと首を横に振った。
「待て――やめろ、行くな!」
穏やかで落ち着いて、いつも優しい彼の悲痛な叫びを、私は初めて聞いた。
けれどその頃には、指先にともった炎が視界まで覆っている。
(――私、死ぬのかな)
このまま、この炎に焼かれて死んでしまうのか――何も見えなくなった真っ黒な世界で、私はふぅっ……と大きく息を吐いた。
(イル、びっくりしただろうなぁ……結局、呪いは解いてもらってもなにも恩返しができなかった)
突然城に飛ばされてきた人間が、自分を殺すための呪いを持っていた。
それだけでも彼からしてみたら迷惑だろうに、イルは一度も私のことを邪険に扱わなかったのだ。
(もっと――もっと、側にいたかったな)
耳元で轟音が聞こえて、電源が切れるかのように意識が途絶える――もうイルの声は聞こえなくなっていたが、彼の悲痛な表情だけはいつまでも私の目に焼き付いて離れなかった。
● ● ●
「……はい。わかりました。今から出勤します」
――せっかくもぎ取った休日の朝、職場からの電話で目を覚ますのは流石に気分が悪い。
欠勤三名、恐らくその三名がうちの会社に顔を出すことは二度とないだろうと思いながら、疲れ切った上司の声に「お疲れ様です」と返しておく。
高校生の頃、私はこの世界とは違う別の世界で暮らしていた。
いや、実際はそんなことなんてなくて、長い夢を見ていたのかもしれない。なんの取柄もない普通の高校生だった私が、異世界で魔王と恋をしていたなんて。
(結局、あれから人生うまくいってないんだよな……)
呪いの炎に焼かれた私は、結局目を覚ますと自宅の自分の部屋で座っていた。
自分の身に何が起こったのか、イルはどこにいるのか、そもそもあの「召喚」とは一体何だったのか――次から次へと湧き上がる疑問と、自分がおかしくなってしまったのではないかという不安に苛まれ、次第に学校に行けなくなってしまった。
当然大学だって、希望としていたところには行けない。滑り止めで受けていた近所の大学も中退して、心配してくれていた家族とも次第に疎遠になっていった。
(就職したと思ったらコレだもんな……有給消えるの、これで何回目だろ……)
とにかく、うまくいかない。
なにをしていても、何に打ち込もうとしても、心のどこかでは「ここは自分がいるべき世界じゃないんじゃないか」という考えが消せなかった。
今自分が立っている場所への違和感が消せない――今考えれば、それを自分の心の逃げ道にしてしまっていたのかもしれない。
家を出て働き始めても、その実会社は超絶ブラック。すでに今年の新入社員は七割が逃げ、入社三年目の私は図らずもヒラの中ではベテラン扱いになってしまっていた。
「あー……まぁいっか。家にいてもやることないし……」
色々なことに違和感を覚えながらも、働いて眠ってまた働く。そうしたらこんな自分でもそれなりに生きてはいけたし、仕事が忙しいと余計なことを考えられなくて逆に心が楽だった。
当然その分体はボロボロになるが――それについては、正直どうでもいい。
あの日、私に向かって手を伸ばしてきたイルを突き飛ばしてから。あれから私は、どこかふわふわと宙に浮かんだような心地で生きている。
(ていうか、三人欠勤って……普通に仕事回らないんじゃ――)
寝ぼけた頭でなんとか服を着替えて、ずっしり重たい鞄を片手に持つ。
随分とよれよれになったパンプスに足を突っ込んで家のドアを開けた瞬間――踏み出した足が、地面を踏んだはず、だった。
「――え?」
だが、踏み出した足が地面につくことはない。ぎょっとして足元を見ると、そこには人ひとりを軽く飲みこめる大きさの穴が広がっている。
「え、えぁっ……うそっ……!」
――落ちる。
周囲の景色がスローモーションでせりあがっていって、自分の体がゆっくりと傾いていくのを自覚した。
これまで覚えたことがない、全身に重力がのしかかってくるような感覚に眩暈がする。
(あ……これ、倒れる……?)
体が重くなって、耐えられないほどの眩暈が同時に襲ってくる恐怖に目を閉じた。
いずれ襲い掛かってくるであろう痛みを予想して体を強張らせるが、それはいつまでたってもやってこなかった。
「……あ、あれ?」
体が地面に叩きつけられるような、鈍い音も聞こえない。
てっきり体の側面か、悪ければ頭をぶつけると思っていた私は、おずおずと目を開き――そして息を飲んだ。
「あ、あれ? ここは……」
目の前に広がっていた景色は、見慣れた自宅マンションのそれとは全く異なっていた。
さらに言えば、その場に流れる空気も何かが違う。朝の眩しい、目に突き刺さるような陽光はどこにもなく、なんだか陰鬱として冷たい空気が流れている。
(……室内? いや……私今、家を出て……)
きょろ、と周囲を見回しても、周囲は見慣れない光景が広がっているばかり。
小さな玄関の数倍はあろうかという、だだっ広い空間……かろうじてここが室内だと理解できるのは、見上げた先に天井があったからだ。
「なにこれ……いや、ここどこ……?」
そう呟いたものの、私はこの感覚をどこかで知っていた。
肺の中が冷たい空気で満たされて、肌がピリッ……と乾燥する。日本の、湿度の高い空気とは違う感覚――それはかつて感じた、異世界のものと酷似していた。
「まさか、ここは……『湖の孤城』……?」
シンと静まり返った室内に、私の声が吸い込まれていく。
静かで張りつめた空気は、高校生の頃にほんの少しだけ滞在していた、異世界の城を彷彿とさせた。
だが――それにしてはなにか、違和感を覚える。
イルが住まう『湖の孤城』は、静寂に満たされてはいたが心地好かった。心が落ち着くような穏やかな静けさが広がっていたのだが。
(でも、ここは……なんか、押しつぶされそう……)
肌を刺すような静寂に、重くのしかかる空気感。
限界ギリギリの人数でかろうじて納品作業を繰り返す会社のそれに近い空気を感じていると、どこからともなくコツコツと靴音が聞こえてきた。
「……イ、イル?」
――もし、ここが本当にかつて過ごした異世界なら。
そこには彼が――魔王ラクリモサ、あるいはイルディオと名乗る青年がいるはず。
不安半分、期待半分で顔を上げると、近づいてきた靴音がぴたりと止まった。
「――聖女様」
「あ……あなたは」
「……御身のお帰りをお待ちしておりました、聖女様」
暗がりの中から姿を現したのは、グレーの髪を撫でつけた痩躯の青年――イルの腹心だったダレットさんだ。
なんだか見た目は記憶の中から少し年を取っているように見えるが、よく考えたらあれからもう何年も経っているのだ。私だって学生から大人になったんだし、彼も年は取るはず。
とはいえ、知っている人に会えただけで、私の心は強い安堵を覚えた。
「ダレットさん……! わ、お、お久しぶりです! その……私のこと、覚えていますか?」
「えぇ、もちろん。イルディオ様の大切な蕾を、私が忘れるわけがございません」
うっすらと微笑んだダレットさんが、恭しく腰を折る。
柔らかく優しい口調は記憶の中となにも変わらず、私はそれまでの緊張感を放り投げてふーっと大きく息を吐いた。
「よかった……ダレットさんがいるってことは、ここは『湖の孤城』なんだ……」
「そうですね。聖女様が覚えていて下さって安心しました。なにぶん、あれからかなり時間が経っておりますから」
「あー……もう何年かな、ここに来て、呪いを解いてもらって……」
一瞬パニックで理解が追い付いていなかったが、ダレットさんが側にいるという安心感からぺらぺらと話し始めてしまう。
――本当はこんなことをしている場合じゃないし、そもそもなんで自分が異世界にまた召喚されたのかもよくわかっていなかったが、数年来抱え続けた虚無感が一気に満たされていくのを覚える。
「何年……? あぁ――聖女様の世界では、まだそれほどの時間しか経っていないのですね」
「……え?」
「あれから、五百年が経ちました。如何な我ら魔族と言えど、長いと思えるだけの時間が――」
「ご、ごひゃく……?」
穏やかな口調で話すダレットさんの言葉に、血の気が一気に引いていく。
五百年。それって、江戸時代が続いたよりもなお長い時間が経過したってことじゃないか。
「え――あ、あのっ! イルは……イルは、元気にしてるんですか? ……あれから五百年も経ったなんて、そんな――」
「……イルディオ様は、当代魔王としてこの『湖の孤城』を拠点に治世を敷いておられます」
その言葉を聞いて、私はとうとう膝から崩れ落ちた。
「せ、聖女様!」
「無事なんですね……よかった、イル……」
はぁ、ともう一度息を吐いて、地面にぺたりと座り込む。
別れる間際のあの一瞬、私を包んだ炎は明らかにイルを害するためのものだった。
だから、正直に言えばとても不安だったのだ。あの時彼が傷つけられてはいなかったか――彼が健勝だと知って、心の中にわだかまっていたものがホロホロと崩れていく。
「……無事、ですか。……まぁ、五体は満足です。魔力に関しても衰えはなく――むしろ五百年前よりも洗練されていらっしゃる」
「そ、う――なんですか? じゃあ、なんで……」
「お話は道中。……実は、聖女様をこちらの世界にお呼びしたのはイルディオ様なのですよ。まずは、陛下が待つ謁見の間へ向かいましょう」
イルディオ様が、聖女様をお待ちです。
そう微笑んだダレットさんが、そっと私に手を差し出してくれる。
その手を借りて立ち上がると、彼はゆっくりと歩き出した。
「そうだ、あの……あの後、どうなったんですか? その……人間たちとは」
「戦争が起こりました。人間たちは『魔王が人間の国の聖女を害した』として戦いを仕掛けてきましたが――結果は火を見るよりも明らかで」
「……魔族側が勝ったんですね?」
コツ、コツ、と、ダレットさんの靴音が廊下に響く。
月明かりがうっすらと差し込む長い長い廊下の中で、私たちの話し声と靴音はやけに反響して聞こえた。
「圧倒的でした。元々魔族は魔術に秀で、広範囲での攻撃に適した戦術を擁しています。人間たちが武器を持ち、研鑽の浅い魔術を使ったところで――種族間の能力差は、なかなか埋められるものではありません」
淡々と語られる歴史は、教科書の中の物語のように遠い。
感情のこもらない声で呟いたダレットさんの背中を眺めて、私は小さく息を吐いた。
「そして、中でも――より入念に、執拗ともいえるほど徹底的に……人間たちを責め立てた魔族がおりました。単騎にて人間たちの領土の約半分を焦土とし、残った領土のさらに半分に塩害を振りまきました」
「え……そ、そんなことをしたら、イルが黙ってないんじゃ……」
イルはどちらかと言えば、人間たちに友好的な姿勢を示していた。
その単騎で人間たちの領土を燃やし尽くしたという魔族がどれだけ強いのかはわからないが、さすがにそれは魔王であるイルの方針に反するんじゃないか。
そう思って尋ねてみると、ダレットさんははたと歩みを止めてゆっくりと私の方を振り返った。
「イルディオ様ですよ」
「……え?」
彼の言葉が一瞬理解できず、私はきょとんとした表情を浮かべたまま目を瞬かせた。
「ですから……人間たちを一方的に蹂躙し、その領土の四分の三を不毛の地に変えたのは――当代魔王陛下たるイルディオ様です」
そう言って、ダレットさんは少し困ったような笑みを浮かべた。
だが、私は未だに彼の言葉が理解できずにいた。
いや、言葉自体は理解できる。けれど、その事実を見つめることを脳味噌が拒んでいるような感じがする。
(だって……イル、は)
イルは、ヒトと魔族の相互不理解はお互いに流れる時間の違いによるものだと言っていた。
その差を理解しあうことができれば、きっと人間と魔族たちは手を取ることができる――そう言っていたはずなのに。
「ど、どうして……?」
「……理由は、ご自分でイルディオ様に伺うとよろしいでしょう。私は、これ以上のことをお伝えすることができません」
悲しげに眉を寄せたダレットさんは、そう言って目の前に現れた扉に触れた。
「これよりは魔王陛下がおわす謁見の間……あの方はずっと、聖女様のことをお待ちしておりました」
「わ、たしを……?」
「えぇ。この五百年――ずっと、あなたを待っていらっしゃったのです。聖女様がいなくなってから、陛下は……いえ、こちらも私からは申し上げられません」
ギィ、と低い音を立てて、扉が開く。
重たそうな扉がゆっくりと開くと、そこはに床も壁も、すべてが星空のような暗がりが広がっていた。その中には銀色の星々がちりばめられており、部屋全体がプラネタリウムになっているかのようだ。
「陛下……聖女様をお連れいたしました。さすが、五体満足でのご召喚……お見事です」
「――たかが召喚術ごときで、彼女の身を損なうことがあってたまるものか」
その声は、遠い記憶を呼び起こすには十分すぎるほどに美しい響きだった。
ずっと夢の向こう側にいたような、数年でおぼろげになってしまった記憶が鮮やかに蘇ってくる。
「イル……!」
ハッとして顔を上げると、玉座には確かに長い黒髪の男性が座っていた。
だが、優雅に足を組み、肘置きに肘をついてこちらを睥睨するその姿は、私が思い描いていたイルの姿とは大分かけ離れていた。
「……イル? え、っと……」
「どうした、聖女。……こちらに来て、顔を見せてくれないのか」
――イルの姿は、私の記憶の中にある彼そのものだ。
こちらの世界では五百年もの時間が経っているにもかかわらず、ダレットさんと違って外見の変化はほとんどない。
ふらふらと玉座に近づき、階段を数段のぼると、私はがっくりと体から力が抜け、その場に跪くことになった。
「あ――、イ、イル……? 本当、に……?」
「この姿を騙る命知らずが、この世界に残っているとは思えんな。……あぁ、お前は少し大人びたな――」
目の前にいるのは、本当にあのイルなんだろうか。
全身から脱力してぽかんと口を開けている私を見つめたまま、イルは少しだけ目を細めて玉座から立ち上がった。
「どうした? 腰が抜けたか」
「だ、ってぇ……まさか、イルにまた会えるなんて……それに私、さよならも言えなくて」
「その程度のことで、俺がお前を厭うとでも? それに、あの時は――確かお前に残っていた魔術を媒介に、強制転移の術を使われたんだったか」
足を引きずるようにして私の目の前までやって来たイルは、すっと身を屈めてこちらに視線を合わせてくれた。
冷たい手のひらが頬に触れると、思わずびくりと体が強張ってしまう。
「っ……」
「……あの後、怪我はなかったか」
「な、なかった――なにも。イルは大丈夫だった?」
「問題はない。……そうか、お前が無事であったならそれでいい。……忌々しい人間どもめ、よりによってお前の体を介して魔術と呪いを発動させるとは」
すり……と慈しむように頬に触れながら、イルの口ぶりはとても冷たいものだった。
かつて「人間と分かり合える時が来る」と言っていた彼と、目の前の彼が同一人物とは思えない――私が知らない五百年の間に、一体なにがあったのだろうか。
「だが、お前と私を引き離した人間どもは、もうどこにもいない。あれから五百年の時が経ち、人間たちの生存圏は劇的に縮小した」
「……イルが、そうしたの?」
「あぁ、そうだ。魔族の王として、エ・デベルサの末裔である黒曜石と月の氏族を統べる主として……私が、人間たちを狩り尽くした」
口元に薄い笑みすら浮かべながら、彼は頬に触れていた手を放し、やんわりと手を握ってくれた。
とても冷たいその手が、じっとりと汗の滲んだ私の指先を握りしめている。
「彼らはお前の命を蔑ろにし、お前を私から引き離した……万死に値するだけの罪を、彼らは自ら背負ったんだ」
「それ、は――でも、イル……」
静かで、それでいて冷たい笑みを浮かべたイルが、ゆっくりと腕を引く。
それにつられるように立ち上がった私の腰を抱き寄せると、彼は顔を覗き込むように身を屈め――そして、おもむろに唇を押し当ててきた。
「ん、ん、む゛ッ……♡♡ん、はっ♡んぁ、イルッ……♡」
ちゅ♡ちゅっ♡と触れるだけだったくちづけは、やがて舌同士を絡め合わせた深いものへと変わっていく。
ぬるりとしたが咥内に突き立てられて、ぬちゅぬちゅと濡れた音が響き渡る――想像していたよりもずっと濃厚でねっとりとしたキスに、体がぶるっ♡と震えてしまった。
(や――こんな、キスッ……♡♡イルとキスなんて、したことがなかったのに……)
私がこの世界に滞在していた時、確かに彼とは愛しあっていたと思う。
けれど、私は当時高校生でしっかりとした恋愛の仕方も知らなかった。イルも私を大切にしてくれていたから、時折戯れるように指先を絡ませたりすることはあっても、キスなど一度もしたことがなかったのだ。
「んふ、ぁ……♡♡ん゛、ちゅぅっ……♡」
「は――俺の聖女……♡」
ちゅぱ♡と音を立てて唇が離れると、互いの舌を銀色の唾液の糸が繋いでいる。
名残惜しげに切れたその意図を視線で追っていると、イルは私の体を軽々と抱え上げた。
「ひぁ、っ♡」
「五百年だ。五百年待っていた……お前が再び、私の前に現れてくれることを」
低く、押し殺したような声が鼓膜に絡みつく。
その声だけでもビクッ♡と背筋が震えてしまうが、イルはそんな私を後生大事に抱えたまま、先ほどまで彼が座っていた玉座へと腰を下ろした。
「ぁ……い、イル……?」
「綺麗になったな。本当に――こうしてお前に触れたいと、何度思っていたか」
むに、と柔らかい唇が、頬に押し当てられる。
体を抱きしめられると薬草のような彼の香りが鼻を掠めて、それが余計に本能を揺さぶってきた。
だが――ここは玉座の上だ。私をここに連れてきたダレットさんも、視線は向けていないながらもすぐ近くに立っている。それなのにこの雰囲気はまずいんじゃないか……そんな理性が働いて、私はそっとイルの耳元で囁いた。
「あ、あの……イル? 私がここにいるのは、まずいんじゃ……」
「まずい? 何故」
「だ、だって私……人間だし。それに、ダレットさんもいる、から……」
「あぁ――ならば……ダレット!」
低く鋭い声で名前を呼ばれたダレットさんは、くるりと玉座の方を見て、それから恭しく腰を折った。
一瞬だけその視線がこちらに向けられたのは恥ずかしかったが、イルが最も信頼を置いている腹心は驚くこともなくその場でパァンッと手を叩く。
「魔王陛下からの召集です。皆々様方――急ぎ玉座の間へお越しください」
「は、ぇっ!?」
空気を震わせるようなダレットさんの言葉と共に、ザワッ……と人の気配が部屋の中に満ちていく。
明らかに、何者かがこの玉座の間に立っているのだが、私の目には何も見えなかった。広い室内に立っているダレットさんと、今私を抱えているイルの姿だけが、ざわめきの中でぽっかりと浮かんでいるようだ。
「な、なに……」
「魔族の中でも上位の氏族たち……その中でも、最も実力を持ち、最も位階の高い者を呼び寄せた」
ポカンとした表情を浮かべる私に、イルは優しくそう教えてくれた。
でも、私の目には何も見えない。ただ、声が聞こえるだけだ。
「……私、何も見えてないんだけど」
「見る必要はない。ダレットとて、見えるようにしておいた方がお前が安心すると思ったからそうしているだけだ……私以外の魔族を目に入れる必要は、どこにもない」
「ん、っ♡」
耳元をちゅっ♡と軽く吸われて、また体がゾワゾワする。
とはいえ、イルが呼んだ「氏族たち」を見ることができないのは、彼が私の体になんらかの魔術を施しているからなんだろうか。
「お前を私の伴侶として迎え入れるためには、彼らの証明が必要だ――この玉座の上でお前を抱いて、魂をこちらの世界につなぎとめる」
「は……えっ? 魂、って――いやっ、ちょっと待ってイル!」
数年前……いや、五百年前とほとんど変わらない、淡々とした口調。
そこは変わっていなくていいのだが、彼が今呟いた言葉の内容自体はかなり衝撃的なものだった。
「わ、私を……なに?」
「だから、ここでお前を抱く。私の伴侶として――上級氏族を統べる彼らを、この婚姻の証人にするんだ。そうすることでお前は魔族としての祝福を受け、二度と元の世界に戻ることはない……」
大切な儀式だよ、とイルは言ったが、やっぱりその内容は私の頭では理解できないものだった。
だって――ここで抱くってことは、つまり……エッチなことを、私には姿の見えない「氏族たち」に見られるということじゃないか。
「待って! そんなっ……わ、私そんなことっ――第一、元の世界に戻れないって……」
「なんだ、未練があるのか? ……お前は、私がいるこの世界ではなく、私がいない世界の方が恋しいと?」
「そうじゃなくて――あ、ぁっ♡」
それまで私の体を支えていた手が、むに……♡とスーツに包まれた乳房を揉みしだいてくる。
存外と優しい触れ方に体が震えたが、この光景も誰かに見られていると思うと恐怖の方が勝ってしまう。
「い、いやっ……!」
「大丈夫だ。お前の前には、私とダレット以外誰もいない――そうだろう?」
「見えないだけでしょ……? やだ、ぁっ……♡♡ん、んんっ♡」
なんとかイルの腕から逃げ出そうとしたが、体格の差も相まって逃げ出すことはできない。それどころか声を封じるように唇を重ねられて、長い舌がぐっぽ♡ぢゅぽぉ……♡と口蓋をなぞってくる。
「ん゛むぉ……♡♡ぉ゛、ッ♡ン♡ん゛ぅうっ……♡♡♡」
ぢゅろ……♡ぢゅぷ♡♡ちゅっ♡くちゅ♡ぢゅるるっ……♡♡♡ちゅぽ♡ちゅぱっ♡ぢぅうっ♡♡
呼吸の支配権すらも奪うようなくちづけに、どんどん頭がくらくらしてくる。酸欠になっているのか、あるいはやわやわと胸を揉まれながらのキスに感じてしまっているのか――お願いだから後者であってほしいと願いながらも、イルのキスを拒むことはできなかった。
「ん、ぇ……♡♡♡あふ、ぅ♡ん゛ッ♡♡」
「こうして、ずっと触れたかった。……聖女、お前もだろう? 私と離れていた時間、お前は私を想ったことは一度もなかったと?」
「ち、違う……♡あ♡違う、けどぉ……♡♡♡」
切羽詰まったような、切ない声が耳元で囁かれる。
――イルは、五百年も私のことを待っていた。
人間である私は、元の世界でたった数年。だけど、その間に覚えた虚無感や違和感は計り知れないほど大きいものだった。
(私ですらそうだったんだから、イルは……)
彼の孤独に思いを馳せると、後頭部を殴られたような衝撃を覚えてしまう。
(でも、イルはこんなことする人じゃなかった……!)
長い時間が経ったと言えば、その通りなのだろう。
けれど、少なくとも私が知っている彼はこんな風に他人の意見を無視するような性格はしていなかった。なにもかも上から抑え込んでしまうような、支配的なやり方をする人ではなかったのに。
「私のものだ。もう……こうして召喚することができたからには、お前のことを手放さない。……手放してなるものか」
「っひ♡あ、やっ……♡♡♡んぁ♡お、おっぱい揉まない、でっ……♡♡」
ふに♡ふに♡♡と、大きな手のひらがスーツ越しに私の胸を揉みしだいてくる。
下着と服の布地をものともせず、絶妙な力加減で与えられる快感は甘美そのものだ――誰かと付き合ったり、交流を持つことすら億劫で恋人もいなかったが、頭の奥をじりじりと焦がすような愉悦がどんどん体の中で膨らんでくる。
「ん、んっ……♡ひぁ♡あッ……♡」
「柔らかいな……? 想像の中では、この柔らかさを味わうことはできなかった」
むにゅ♡たぷっ♡たぷんっ♡♡と、まるで感触そのものを楽しむかのように胸を揉みしだかれる。
その度に胸の先端がブラの生地に擦れて、もどかしい刺激が生み出されていった。
「んふ、ァ……♡」
「可愛らしい声だ。……姿は見えなくしているとはいえ、氏族どもに見せるのは些かもったいない気もするな」
「ぁ――や、やだ……♡見ない、でぇ……♡ぁ゛♡あ、っ♡♡♡」
耳元で熱っぽい声を囁かれ、一瞬思考が現実に引き戻される。
……見られている。
私からはここに居並ぶ「氏族たち」を見ることはできなかったが、彼らは私のことを見ることができる――いくつもの無遠慮な視線がこちらを見つめているのを感じて、私はいやいやと首を振った。
だが、イルはそんな私の体をしっかりと抱きとめ、戯れを咎めるかのように耳朶を食んできた。
「ひン、っ♡」
「駄目だ。彼らは証人なのだから――お前が私の愛しい伴侶であることを見せつけねばならない。……お前の体は、まだ人間のままなのだから」
そう囁くと、イルが胸の前でパチンッと指を鳴らした。
すると、それまで胸元をしっかりと締め付けていたブラのホックが外れて、ばるんっ♡と乳肉がシャツの内側にこぼれ落ちる。
「ッひぃ……♡や、やだ――イルッ……!」
「うん、この戒めが邪魔だったんだ……ほら、私とお前を隔てるものは捨ててしまおう」
彼の言葉が続くと、更に服の中から下着の感触が消えた。
なにが起こったのか、にわかには信じられないが……恐らく、ブラジャーそのものが消失したのだろう。
(嘘、でしょ……? イルって、こんなことも……)
命を奪うような呪いを解除できるのだから、恐らくイルにとってこの程度の魔術を発動させるのは造作もないことなのだろう。
とはいえ、突如着ていたものを消し飛ばされたとあっては私も頭の中がぐしゃぐしゃに混乱してしまう。
「や……お願いっ――あ、ぁっ♡やめて……ッ♡♡♡」
「ん……ふふ、これで直接触れるな……? お前の熱を、直に感じることができる」
ブラウスのボタンを一つ外したイルがその隙間からずぬっ……♡と手を突っ込んできた。
冷たく骨の張った魔王の手は、爪を立てぬようにやんわりと柔肉の上をなぞっていく。
「ひ……♡ん♡んぅ……♡」
「――あぁ、いいな。左胸……ここがちょうど、心臓の上だ。ここに……私のものだという所有の印でも刻もうか」
「え……あ、ぁあっ♡♡♡ゃ゛ッ……♡」
バツンッ♡と鈍い音が体のすぐそばで響いたのはその時だった。
チリチリとした痛みが肌の上に走ったが、それとほとんど同時に知らない他人の声がいくつも耳に届いた。
「おぉ――」
「魔王陛下の刻印だ。なんと美しい……」
(……刻印?)
この声は、姿が見えていない「氏族たち」だろうか。
刻印とはなんのことかわからなかったが、痛みが走ったのはちょうど左胸のあたり――当然だが、ブラウスを着ているので自分の肌になにが起こったのかはよくわからない。
「いった……」
「あぁ、すまない。どうしても少し痛むが……これが必要なんだ。お前の体を苛む痛みを消し去るにも、媒体が必要だからな」
少し申し訳なさそうに眉尻を下げたイルに、思わずこちらも悪いことをしたような気持ちになる。
だが、その罪悪感はほんの一瞬で消え失せた。
「……見ろ。これが、魔王の刻印だ」
「え、ぇっ……?」
ビリィッ……と嫌な音を立てて、安物のブラウスが哀れな布切れへと変わっていく――不可視の刃に切り裂かれるようにブラウスがはじけ飛ぶと、あらわになった双丘の左側には薔薇を模したようなタトゥーが刻まれていた。
「うぁっ……♡」
「これが私の――歴代魔王が所有する『刻印』だ。絶対的な契約の証でもあり……私自身の心臓と直結している。つまり、この刻印を無理に消そうとすれば――私が死ぬ」
甘く、糖蜜のように優しい言葉。
けれどその言葉の意味は想像を絶するほどに恐ろしく、思わずつま先から血の気が引いていく。
「な、なにしてるの!? そんなことをしたら、イルは……」
「問題ない。既にこの世界に私を殺せる者はいないのだから……万が一お前が、私の支配を退けて元の世界に帰りたい、などと言い出さなければだが」
静かな恫喝に、カチカチ……と上下の歯が鳴った。
――イルじゃない。
目の前にいるこの人は、とてもイルに似ている。けれど、彼はこんな――自分の命を脅迫の道具にするような人ではなかったはずだ。
「お、おかしいよ……こんなこと。だって、イルは魔族の王様なんでしょう? それなのに、こんなことをして――本当になにかあったら……」
「……お前は本当に優しいな。人間どもがお前を聖女と呼称したが、今ならばその気持ちもわかるような気がする」
私は真剣に焦っているのに、イルはそれをまったくイに会することもなく微笑みを浮かべていた。
話が通じない恐怖を覚え、腕の中からなんとかして逃げ出そうとするも体はピクリとも動かない――やけに喉が渇いて、背中に冷たいものが流れていった。
「お前の言うとおりだ。私はおかしくなってしまった……お前がいない世界が、お前がいない時間が、私を変えていったんだ」
「そん、ぁ……♡♡ん、っ♡♡やぁ、ァっ♡」
ふにゅ、と軽く胸を揉まれたかと思うと、今度は綺麗に整えられた爪の先端でカリカリカリ♡と乳首を引っかかれた。
これまで覚えたことのない甘美な刺激が全身を駆け巡っていって、頭の中にビリッ……♡とピンク色の電流が流れていくようだ。
「んひ、ぃ♡♡ぁ゛♡やだ、ぁあっ……♡♡♡乳首、ぃ♡カリカリしない、で♡ん゛ォ♡♡お、ぉおっ……♡」
「丹念に擦ってやると、どんどん硬くなっていくな……? 淫らに色づいて、可愛らしいことこの上ない。……キイチゴに似ているいるから、うっかり摘まんでしまうかもな」
こりゅっ♡カリカリカリ♡♡くにゅっ♡キュッ♡キュッ♡♡♡くりっ♡♡
絶妙な力加減で丹念に乳首をいじめられ、唇からは抑えきれない悲鳴がこぼれ落ちる。
自分の痴態を大勢の魔族に見られているのだと思うと更に羞恥が膨れ上がり、私の意志とは対照的に足の間がどんどん熱くなっていった。
「はぇ……♡♡♡ぁ゛♡あっ♡」
「囀るような声が、先ほどから私の劣情を煽って仕方がない。――お前はこうやって、他の男にも声を聞かせてやっていたのか?」
「……な、ないっ♡こんな、ぁ……♡こんなこと、なんて……一度も、ぉっ♡♡♡」
耳元で優しく囁かれて、ブンブンと首を横に振る。
他人との付き合いに倦みきっていた私は、この年まで誰かと交際したこともなかった。
恥ずかしい話男性経験もまるでなかったが、今まで一度もそういう気持ちになった事すらないのだ。
「そうか……そう、か……! お前はずっと、私のために純潔を守り通してくれていたんだな?」
イルのためかと言われると完全にそうだとも言えないのだが、どうやら彼はかなり都合のいい解釈をしてくれたらしい。
機嫌よく言葉尻を揺らしたイルは、耳元を長い舌でぬるぅ……♡と舐り上げていく。
「んふ、ゥ……♡ぉ゛、ぉ♡♡やぁぁ……♡♡」
ぢゅろ……♡と長い舌が耳の輪郭をなぞり、唾液で濡れた先端は耳孔へと潜り込んでくる。
ぢゅぷ♡ぢゅぽ……♡と水っぽい音を響かせながらねっとりとその場所を舐められると、なんだか頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているような気分になってくる。
「んぁ♡く、ぅう……♡♡ンっ♡ン……♡♡ぁ♡やら、ぁあ♡♡」
「愛い奴……♡ほら、皆が見ているぞ……? お前の――魔王の妃となる女の痴態を……♡」
ちゅぽ♡と耳から舌を抜き取ったイルは、ふ~~~♡と敏感になった耳孔に息を吹きかけてそう囁いてきた。
ちらりと視線を下げると、ダレットさんがじっとこちらを見詰めている――そう近くした瞬間に、下腹部がキュンキュンキュンッ♡♡と甘ったるく疼き始めた。
「ンんぁ……♡」
「既に刻印は刻まれた。あとは、私たちが夫婦となるための儀式を遂げるだけでいい」
乳首をねっちりと責め立てる手を離したイルが、その手をゆっくりと下腹部の方へ伸ばしてくる。
イルの手がスカートの中へと潜り込み、ビッ……と嫌な音を立ててストッキングが破れた。普段だったらうんざりして頭を抱えていただろうが、今はそれどころの話じゃない。
「んや……♡♡」
「頭の中をグチャグチャにされたくなかったら、抗うのをやめろ。……お前はただ、玉座で私に愛されるだけでいい。他にはなにも――なにも、必要ない」
くちぃ……♡と小さく音を立てて、長く整った爪の先が割れ目をゆっくりと撫でていく。
ブラと違ってショーツはまだ残されていたが、恐らく彼は敢えて下の方だけを残していたのだろう――にわかに濡れ始めたクロッチの中心を、ゆっくりゆっくりと指先が上下する。
「ん゛ぉ……♡♡お、ほ♡ぉ゛ッ……♡♡♡」
「快感に抗うな。私の声だけを聞け――お前は、私に愛されるだけの資格がある人間だ」
「や、ぁ……♡イル、っ♡やだ♡♡♡さ、囁かない、で……♡♡」
鼓膜を艶やかに揺らされて、痛いほどに下腹部が疼く。
――本当は触れてほしくて仕方がない。誰かに見られていると言っても、私から彼らのことは見えていないのだから……今すぐここで、滅茶苦茶にされたいと思う。
本能はさっきからひっきりなしに叫んでいたが、さすがに人前で抱かれたくはないと理性も金切り声を上げている。
「やだ、やだぁ……♡」
「お前だけを、五百年待っていた。……お前だけが私の心を焦がし、これほど揺さぶってくる――それなのに、触れることも許されないのか?」
「こ、こんなところで触られるのが、嫌だって言って――ンぁっ♡」
「……その割に、先ほどから可愛らしい声を上げているが」
ずちゅ♡ずちゅ♡♡と柔らかく割れ目をなぞられたかと思うと、もったいぶった手つきでそのすぐ近くにある淫核をくにっ♡と押しつぶされる。
「んふ、ぅ……♡♡」
「感じている顔を見られるのが恥ずかしいのなら、こちらを向くといい。そうすれば私以外の魔族は目に入らない――そうだ、ダレット……お前も姿を消せ。私の妻が怯えている」
「……かしこまりました」
つい、と視線を上げたイルが低く呟くと、とうとうダレットさんまで視界から消えてしまった。
謁見の間はがらんどうになってしまい、私の目からはイル以外の魔族が本当に見えなくなってしまう。
(でも――見えないだけ、で……いるんだよね……? ここに――)
見えないのに、見られている。
妙な感覚に背筋が震えたが、イルはそんな私のことはお構いなしに体を抱え上げ、互いが抱き合うような体勢を取った。
「ほら、これなら……私もお前の顔がよく見える。ふふ――本当に私の聖女なのだな……♡」
上機嫌に口角を釣りあげたイルにもう一度唇を奪われ、今度こそ指先からどんどん力が抜けていく。
「んちゅ、ぅ……♡♡ちゅ、っ♡んっ……♡はぁ、っ♡♡♡イル、ぅ……♡」
「お前だけを求めて、生きてきたんだ。お前がいない五百年は、心臓が少しずつ腐り落ちていくようだった――お前は違うのか?」
「そ、れは……私も、寂しかったけど……」
「そうか。ならば私たちは、同じ痛みを味わっていたんだな? ……それならば、その痛みすらも愛そう」
ぐ……♡と腰を押し詰められながら囁かれ、下腹部に熱いものの存在を否が応でも感じてしまう。
これがなんであるのかは、見なくてもわかる。
沢山の「氏族たち」に見られているにもかかわらず――私の体は、どこかこの熱が自分に触れる瞬間を待ち望んでいるようだった。
「お前に施した、私の刻印……それは少しずつお前から理性を奪う。いずれ私なしでは息もできなくなるほどに――その証拠に、体が疼いてきて仕方がないだろう?」
「っ……♡」
「大丈夫だ、我が妻よ。私が愛する。私が守る……もう誰も、私たちを引き離すことなどできはしない」
甘くて、低い声。
はじめてこの世界に来て、不安でいっぱいだった私を慰めてくれたあの声に縋りたくなってしまう。
(だめ――だめ、だけどっ……♡♡)
もっと触れたい。触れられたい。イルに抱きしめられたいし、抱きしめたくて仕方がない。
宝物にを愛でるかのように優しく触れてくるイルの腕に触れると、彼は小さく笑って自らの下穿きを緩めた。
「大丈夫だ。……この角度からなら、ダレットですらお前が痴態に耽る姿を見ることはできない。せいぜい私のモノでよがる声を聞かせてやれ」
「ンん、ぁ♡えっ……♡♡ちょ、ちょっと待って……♡これ、っ♡んっ♡♡」
ずり……♡と布地を押し上げるようにして、秘められていたイルの下腹部があらわになる。
つられてついそちらの方を見てしまったが、この瞬間私は心から自分の選択を公開した。
(お、っきぃ……♡♡♡)
交際経験がない自分が他人とコレを比べることはできないが、そそり立つそれは多分とても大きい。というか、自分の内側にこれが入るのかと思うとはなはだ不安でしかない。
「……こ、れぇ……? え、無理……」
「……お前は、私を受け入れてくれないのか」
受け入れる受け入れないどころか物理的に入らない、と言おうとしたが、口を開こうとした瞬間にガシッ……とイルの両手が私の頭を掴んだ。
「問題はない。お前は、私を受け入れる」
「ぁ゛……♡♡♡か、はぁっ♡」
きゅぅん……♡と甲高い音が頭の中で聞こえたかと思うと、全身がぞわぞわと甘ったるく震え始める。
全身がじんわりと汗をかき始め、向き合う形になってから放置されていた下腹部がきゅんきゅんきゅんっ♡♡と疼く――触れてほしくて仕方がないと、焦燥感のようなものまで込み上げてきた。
(あ♡だめ♡♡これ、っ――おまんこ疼く、ぅ♡おちんぽ強すぎて、っ♡♡♡恋しちゃった♡子宮がおちんぽに堕ちちゃった、ぁ……♡♡♡)
カクカクッ♡カクンッ♡と腰が不随意に揺れて、半開きになった口からはハッ♡ハッ♡♡と荒い呼吸が止まらなくなる。
「……どうだ? 少し素直になってくれたか?」
「あ、ぃ゛ッ――♡イル、ぅ……♡♡♡ッあ゛♡おまんこ、っ♡かゆ、ぅっ……♡♡んっ♡♡切ないの、やだ……♡」
「そうだろう? ……私もずっと切ない心地だ――お前は聡いから、自分が何をするべきかわかっているはずだな……?」
ふ、と耳朶に息を吹きかけられ、ビクンッ♡と全身が跳ねる。
あぁ――そうだ。なんで私、こんなに意固地になっていたんだろう。
……みんなの前でエッチしないと、イルの奥さんだって認めてもらえないのに……♡
「っは♡あ、ぁっ……♡♡ん……♡イル……♡」
どうして、今まで彼のことを拒んでいたんだろう。
ひとたびそう思ってしまうと、一気に思考が塗りつぶされる。
「……刻印を通した一時的な精神支配が効いたようだな。――私とて、あまりお前に拒まれてばかりも辛い」
「ふぉ゛ッ……♡」
下着越しにぐりゅぐりゅぐりゅ♡♡とおちんぽを押し付けられ、頭の中で小さく火花が舞う。
――ほしい。欲しい。疼きっぱなしのおまんこをイルのおちんぽで思いっきり突き上げられて、気持ちよくなりたい……♡♡
「ッ、イル……♡はや、くぅ……♡♡」
「あぁ、無論――だが、お前は当代魔王の妻となる。しっかりと――臣である彼らに、宣言をしなければ」
糸でつられているかのように首がコクン、と上下に動き、勝手に口が開く。
「は、っ……♡♡♡はい、っ♡宣言、しますぅ……♡♡♡し、氏族の、皆様に――ちゃんと、わ、私が……イルのお嫁さん、って認めてもらえるように……♡み、皆さんの前で、いっぱい、おちんぽパコパコ、してもらいます、から……♡♡♡」
はっ♡はふっ♡♡と荒い息が漏れて、背中にじっとりと汗をかく。
見られている。
ダレットさんをはじめとした魔族の皆が――私の理性が解け落ちていく瞬間を、見届けようとしている。
「イルの魔王様おちんぽ、で♡♡処女喪失するとこ♡しっかり見ててくださぁい……♡♡♡」
背後に表情を見せることはできないのに、口元が不格好な笑みを形作る。
ひたひた♡♡と下腹部に擦りつけられる肉幹に視線を落とすと、自然と口角が吊り上がった。こうしてイルに求めてもらうことが、私にとっての幸せ――そして、これだけがイルの抱え続けた孤独を癒す方法なのだ。
「お願い、イル……♡♡♡五百年、待たせてごめんね……♡一人ぼっちにしてごめん、っ♡♡♡ちゃんとイルのお嫁さんになる、から♡♡私のおまんこ……♡♡いっぱい犯して、ください♡♡♡」
――違う。違う違う違う。
こんなことを言いたいわけじゃない。こんなものは私の意志じゃない。
なにをされたのかはよくわからないが、口が勝手に動いている――こんなこと、私の意志で口にしてなんていない!
「はやく♡イルッ……♡♡」
「……いい子だ。このまま抗うことなく、快楽にすべてを委ねろ」
必死に頭の中で理性を保とうとしても、押し付けられる肉棒の熱さに目が眩んで思考が乱れていく。
骨張った手がぐにゅ♡♡と胸を揉み、もう片方の手が腰を持ち上げてくる。
(だめ♡だめだ、ぁ……♡♡♡抗えない、ッ♡♡イルのおちんぽ挿入っちゃう♡はいっちゃう、のにぃ……♡♡♡)
愛しい人を求める本能と、強制的に彼に向けられた紛い物の愛情――それが歪に混ざり合って、私自身の意志を捻じ曲げていく。むちゅぅ……♡と丸い先端が蜜口に突き付けられた途端、理性が砕けた砂糖菓子のように崩れ去る音を聞いた気がする。
「ん゛ぉおおっ……♡♡♡ぉ゛、ッぉ、ほぉ……♡♡」
にゅぶぶぶっ……♡♡ぶぢゅっ♡ぐちゅ、っ♡♡ぬ゛ッ♡ぬ゛ぷっ♡♡ぢゅぽ♡ぢゅぽっ♡♡♡ぢゅぷんっ♡
ぬかるんだ蜜口に突き立てられたおちんぽが、自重に従ってゆっくりと飲みこまれていく――♡♡
(ッぁ゛♡♡しゅ、ごぃぃ……♡これ、ぇ゛ッ♡これ♡♡♡ダメ♡こんなぶっといおちんぽ♡♡イボイボいっぱいの極太魔王ちんぽ♡♡処女穴で味わっちゃった、らぁっ……♡♡♡)
視線を下げた時にはわからなかったが、イルのおちんぽの裏筋のあたりには瘤のように丸く張り出した部分が存在している。
挿入された時、その瘤が弱いところをゴリゴリゴリ♡♡と擦っていくだけでもおかしくなりそうなくらい気持ちよかった。
「ん、ふぁっ♡ぁ゛♡いりゅ、ぅ……♡♡♡」
「く――狭い、が……ッ♡これで、っ♡♡♡契約は成ったな――? 氏族どもよ――これが、当代魔王の伴侶である」
艶めかしい声でイルがそう告げると、ワッと背中のあたりで沸き立つような気配を感じた。
先ほどまでは確かに聞こえてきた声も、今はなぜか聞こえてこない――まるで何かのフィルターかボイスチェンジャーを使っているかのように不明瞭なざわめきだけが聞こえてくる。
「聖女、俺だけの聖女……よく頑張ったな。苦しくはないか?」
「くりゅ、ひっ……♡♡ぁ゛♡い、ぅっ♡♡♡イル、のぉ♡おちんぽ……♡♡ぉ゛、おっき、からぁ♡♡」
人間のそれと比較しても、恐らく規格外に長大な肉棒――それを突き立てられているのだから苦しいどころの話ではなく、私はロクに呼吸をすることもできなくなっていた。
息を吸うたびにビリビリとした甘い痺れが走り、息を吐くだけで後孔まで疼いてしまう。
このまま動かされたら本当にお腹の中が潰れてしまうんじゃないかと思うほど、彼のおちんぽは大きかった。
「あぁ、悪い……お前には少し大きすぎたな……? ん? だが――じきに慣れる。怖がる必要はない……ゆっくりと、慣らしていこうか」
ちゅ♡ちゅ♡♡と耳元に何度かキスを落とされたかと思うと、ばちゅ、っ♡ばちゅんっ♡♡と緩やかな抽送が始まる。
イルが小刻みに腰を動かすと、先端がお腹の奥の方にちゅっ♡ちゅっ♡♡とくっついてくる。
「ぉ゛ッ♡お゛、ぅッ……♡♡♡ンひ、ぃ♡」
「先端が、最奥に届いているのがわかるか? ここが子宮口だ」
「は、ぁ♡ァんっ♡♡♡しきゅ、こー……? あ、ッ♡♡好き♡しきゅーこ、ぉ♡トントンってぇ♡♡♡キスされてるみたいに、っ♡されるの好きぃ……♡♡♡」
もう、どこからが本音でどこからが彼の魔術なのか、自分でもよくわからなくなってきた。
緩慢な動きで最奥をノックされると、小さな痺れが下腹部から四肢を痺れさせる。
未知の快感に怖くなった私はイルの腕に掴まって不安をやり過ごそうとしたが、そうすると余計に彼と密着した体勢をとることになってしまう。
「んふ、ぅ♡ふっ♡♡ぁ゛♡あ゛ァ、ッ♡あ♡♡きも、ひっ……♡♡♡」
「そうか――気に入ってもらえてよかった。コレに慣れたら、他の男をたぶらかすことはできないな……?」
「ん、む゛ッ……♡♡♡んぅ♡んぁ♡あ゛む、ぅっ……♡♡♡んちゅ♡ちゅ、ぅ♡」
イルがぎゅっと私の体を抱き寄せ、舌同士を絡ませて何度もキスをねだってくる。
ギュッと抱き合いながら、自分のものよりも少し低い彼の体温を感じる――それ以外のことは、なんだかどうでもよくなってきてしまった。
(気持ち、いぃ……♡♡♡おちんぽ♡おっきいおちんぽ、でっ♡♡♡おまんこよしよしされてる♡♡好き♡イル♡♡イルのおちんぽ、っ♡♡好き好き好き、ぃ……♡♡)
ぱちゅんっ♡ぱちゅんっ♡♡と腰を打ち付けられるごとに、それまで彼に対して抱いていた恐怖や距離感がほろほろと崩れ落ちていく。
やっぱりイルは、あの時のまま私を愛していてくれたんだ。
五百年経っても、なお私を――ひたすら、想っていてくれたんだ。
そう思うと胸の内側がソワソワして、愛しさに泣きそうになってしまう。下腹部から込みあがってくる甘やかな刺激と共に、頭の中が薄桃色に濁っていくのを感じた。
「は、ぅ♡ンぁ♡♡♡いりゅ、ぅ♡あ゛♡イル、っ……♡♡おちんぽ気持ち、ぃい♡♡んぇ♡あ゛♡しゅき、ぃっ……♡♡♡」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。……さぁ、氏族どもにもしっかりと聞かせてやってくれ――お前が、私の前でどんな風に乱れているのかを」
「ん、ぁ♡はいっ……♡♡あ♡あっ♡♡だめ♡しきゅーこーキスしながら、っ♡おっぱい揉んじゃだめっ……♡♡♡ンは、ぁっ♡おまんこ痺れる♡♡♡おまんこ恋しちゃう、からぁ♡イルのおちんぽに、っ♡♡♡子宮で片思い止まんない♡止まんなく、なりゅぅっ……♡♡♡」
「……ひとつ訂正をしよう」
ばぢゅんっ♡♡どちゅどちゅっ♡と、咎めるようにイルの律動が強さを増す。
片手でしっかりと腰を掴みながら、上下に揺れる乳房のうち片方を鷲掴みにした魔王はうっとりとした口調で囁いた。
「両想いだ。私たちは――互いを愛しあっている。そうだろう?」
「ん゛、ぉッ……♡♡」
「お前ひとりが私を愛しているわけでも、私だけがお前を恋しいと思っているわけでもない。……これは仕置きだ。イくことを禁ずる――そのまま、少し一人で腰を振り続けていろ」
口調はとても優しく、声は至極穏やかだった。
だが、その奥に隠されていたのは紛れもない慟哭だ――自分の言葉が彼を傷つけてしまったのだと自覚しながらも、私は一瞬イルの言った言葉の意味がわからなかった。
「ぇ゛、あっ♡♡ま、待ってイル――ンぉお゛ッ……♡♡♡」
私の意志とは関係なく、勝手に腰が持ち上がる。
肉槍の先端が抜け落ちそうになるまで、ぬ゛~~~♡♡と腰を持ち上げ――次の瞬間にはぬ゛ぱんッ♡♡と腰を下ろした。
「ん゛、ぃ゛ッ♡♡ひ♡あ♡♡あ゛ぇッ……♡♡♡」
ばっぢゅ♡♡ばっぢゅ♡♡と濡れて重たい音を立てながら、私は必死に自分の腰を上下に動かしていた。
「はぇ、ッ……? な、なん、ぇっ♡♡あ゛♡あんっ♡♡」
イボイボのついた裏筋が、ぞりゅりゅりゅっ♡♡と悦いところを掠めていく。
かと思ったらすぐに逆の動作で、全く同じところを責め立てられるのだ。
(なんで、っ♡なんでなんでなんでぇっ……♡♡♡こんな、っ♡腰振るの止まんない♡♡お゛ッ♡れーぷしてるみたい♡♡♡イルのおちんぽ♡私が犯してるみたいになってるのなんでぇっ……♡♡♡)
ぬ゛~~♡ばぢゅんっ♡♡♡ぬ゛~~♡ばぢゅんっ♡♡と、緩慢な抽送と共に肌と肌がぶつかる音が謁見の間へと響き渡る。
私の体は、持ち主の意志など完全に無視して快楽だけを追い求める動きを続けていた。
「お゛、ッ♡おぁ゛、ッ♡♡あ゛♡ンぁあっっ♡♡や、めぇ゛ッ……♡♡あ゛♡ん゛ひ、ぃっ♡♡♡」
「どうした? 聖女よ……お前は今何をしている」
「ん゛ひ、ぃ♡♡♡は、ハメハメスクワット♡してまひゅぅ♡♡♡イルのおちんぽ借りて、っ♡逆れーぷハメ媚びスクワット♡♡おちんぽ咥えて♡いやらしくぢゅっぽぢゅっぽ♡♡音立てながらァっ……♡♡♡あんっ♡あ゛♡お嫁さんおまんこ、っ♡♡♡いっぱい気持ちよくしてますっ♡♡」
上ずって大きくなった声は、きっと居並ぶ「氏族たち」にも聞こえていることだろう。
だが、最早声を聞かれて恥ずかしいとか、感じている姿を見られたくないという願いはどうでもよくなっていた。
羞恥で気が狂いそうになりながら、それでもひっきりなしに押し寄せる快感に身をゆだねる――それがあまりに心地好くて、私は少しの間その淫らな遊びに興じていた。
「ん゛、ッお♡お゛ッ♡♡♡魔王ちんぽ♡しゅごいの、ぉ♡♡♡あんっ♡あ♡♡ぶっとく、てぇ……♡♡イボイボきもち、ぃ♡♡ひっ♡♡さっきからずっと♡弱いとこあたってりゅ、っ……♡♡♡」
「弱いところ? ――あぁ、この辺りか」
「ん゛んぁあっ……♡♡♡」
時折イルが戯れに腰を突き動かすと、自分で動くのとは全く違う鮮烈な快感が駆け抜ける。
目の奥がチカチカと明滅するような感覚を覚えながら、私は何度も腰を上げては打ち下ろす動きを繰り返した。
「ほぉ゛ッ……♡♡ひゅき♡しゅきぃっ……♡♡♡これ、っ♡おまんこの、っ♡♡一番弱いとこぉっ♡♡♡イルの魔王様ちんぽでゴシゴシしてもらうの好き♡すきれひゅ、っ♡♡♡」
ぬ゛っぽぬ゛っぽぬ゛っぽ♡♡と腰を動かし、必死で目の前の快楽を追いかける。
怒張しきった肉杭が、ぢゅっぽぉ♡♡ぐぽぉっ♡と湿った音を立てながら、ひっきりなしに快感を突き付けてきた。
「はぅ、ぅっ♡ん゛ァ♡ぃ゛、っぐ……♡♡あ♡おまんこイく♡イきま、すっ……♡」
「――ダメだと言っただろう?」
「ん゛ぁあっ……♡♡」
膨らんだ快感が、今爆ぜる――そう身構えた瞬間に、まるで頭から冷水をかけられたような心地になった。
理性を押し流す寸前だった快感はギリギリのところでせき止められ、体には発散することができなかった熱がわだかまる。
「っ~~~♡♡お゛、ッ♡な、なん、れっ……♡」
「仕置きだと言っただろう。お前が……片思い、などと言うから」
少しだけ不機嫌そうに眉を寄せたイルが、ツン♡と蜜口のすぐ近くにある小さな蕾を指でつついた。
赤く充血したクリトリスに指先が触れただけでもイってしまいそうなくらい気持ちがいいのに、彼の言葉に縛られた私の体は絶頂を極めることが許されない。
「私が愛するのは永劫お前だけだし、お前が必要とするべきなのも私だけだ」
根元から先端までを、触れるか触れないかの距離感でゆっくりと撫でられる――それだけで腰からゾワゾワっ……♡とした痺れが込みあがってくるのだが、イルは再び緩やかに腰を動かし、淫核と膣奥を同時に責め立ててきた。
「ひぅ、ッ♡お゛ッ♡ぅううっ……♡♡ぃ゛、ッ♡♡や゛ァ、あっ♡やらっ♡♡♡クリトリス、ぅっ♡ん゛ッぉ♡し、扱くなら、っ♡♡しっかりゴシゴシしてっ……♡♡はぁ、ぁ゛ッ♡これっ♡微妙なところで指スリスリされる、のぉっ♡ん゛ッ♡切ない♡♡♡やだ、やだぁあっ♡♡♡」
「可愛いな……必死に腰を動かして快楽をねだるも、イけずに目を潤ませて私を見つめている――その瞳を、水晶玉の中に閉じ込めて眺めていたいくらいだ」
涙が浮かんだ私の目元を、イルの舌がれろぉ……♡と舐め上げる。
肌の上から与えられる刺激すらも感じてしまって、背筋が甘ったるく震えた。
「ひ♡♡ッぃ゛……♡♡♡イル♡イ、ルぅ……♡♡♡やだ♡じ、焦らすのやめてっ♡♡ごめんなさいっ♡♡♡ごめんなさいぃっ……♡♡♡謝るから♡おまんこイきたい♡♡イルのおちんぽでっ♡イかせてくださいっ……♡♡♡」
「仕置きが終わったら、嫌というほどイかせてやる」
そう言いながら、イルがぎゅ~~~♡♡と勃起したクリを指先で押しつぶした。
当然とんでもない快感が腰から頭の中までを駆け抜けていくが、イくことは許されない。
「ほ、ぉ゛おおぉっ……♡♡♡イ、っぎたぃ♡♡はぁ、っ♡いりゅ、っ♡♡♡お願いっ♡もぉ行かない、っ♡♡♡どこにも行かないからっ♡♡イルの側にいるっ♡勝手にいなくなったり、っ♡しないからぁ♡♡♡」
「――当たり前だ。もう私は、むざむざお前を奪われるような弱い男でもなくなった」
次は離さん、と地の底から響くような声で告げられて、私は一も二もなく頷いた。
もう逃げない。どこにもいかない。
なにをされても、もうイルの側から離れたくない――込みあがる愛しさと一緒に、彼と離れていた時間に感じていた死にそうなほどの虚無感を思い出す。
「誓え、私の聖女……お前の体も魂も、永劫私のものであると。そう誓えば、私のすべてをお前に捧げよう」
「ッは、い……♡♡♡ち、誓い、まひゅ♡ん゛っぉ♡♡♡誓うっ……♡♡♡も、イルのもの、ですっ♡ここにいるっ――し、氏族の皆さん、にっ♡♡証人になってもらって……♡私がイルの、っ♡♡お嫁さんになる、って……ち、誓いますッ♡♡♡誓うからぁっ……♡♡」
はっ♡♡はっ♡♡と呼吸を乱し、上ずった声で懇願する。
すると、背後からワッ……! とざわめく声が聞こえてきた。
(――祝福、してくれてる……♡♡)
彼らが話している内容は、今の私にはもう理解できない。
そうなるようにイルが手を加えているのだろうが、それでも彼らが私のことをイルの伴侶だと認めてくれているのだけは理解できた。
「……聞いたか、諸君」
ぎゅう、と体を柔く抱き寄せられ、自分の中でなにかがコトンとはまった音がした。
イルの広い背中に腕を回すと、彼は柔く私の側頭部にキスをし、背中の向こう側にいる「氏族たち」に声をかける。
「これにて婚姻の契約は完全に成立した。お前たちは、私と彼女の愛を証明する商人たちだ。――そこで、我が妻が果てる様を見届けろ」
厳かにそう宣言したイルが、ぶちゅっ♡♡と最奥を突き上げ、更に親指と人差し指でクリトリスを挟んできた。
そして――それを、ゆっくりと上下に扱きだす。
「辛かっただろう……? だが、お前が私の側にいると誓ったから――仕置きはおしまいだ」
ぬ゛ぢゅ……♡♡くちゅ♡しこしこしこっ♡♡ぐりゅっ♡
甘ったるく腰を動かされながら敏感な淫核を扱き上げられ、お腹のあたりが一瞬中に浮いた気がした。またイけずに我慢するしかないのかと思っていたが、閾値を超えた快感にガクガクと体が反応する。
「ッひ、ぃ゛ッ……♡♡あ゛♡ンぁあ、ぁっ♡やっ♡今クリトリス扱かれた、らっ♡♡ぉ゛ッ♡ん゛ぉ、ぉおっ~~~♡♡♡イっぐ♡これ、ぇっ♡あ゛ッ♡♡イく♡イくイく、ぅううっ♡♡♡」
これまで堪えていた分、絶頂の波は大きく高かった。
甲高く引き絞ったような声が出せなくなるくらいの愉悦に、私はイルの体に必死でしがみつく。
「お゛ッ♡お゛ぉ、っ♡ん゛ッ……♡♡ぃ゛、ッ♡♡ひ♡ひぎゅ、ぅっ♡♡いぐ、っ♡イ、っ~~~~~♡♡♡」
「ん、っ……♡悦い、ぞ……♡いい締め付けだ――このまま、っ♡私の精を受け止めろ……♡♡♡元居た世界のことも、人間としての思い出もすべて捨てて……私の側で生きると誓え」
「っん゛、ぅっ♡♡ち、かぅ♡♡誓う、ぅっ……♡♡イル♡♡イル、ゥぁっ♡♡」
その瞬間に、びゅくんっ♡♡♡とお腹の中で熱いものが吐き出される――♡
ドクドクと力強く脈打ちながら的確に子宮を狙って注ぎ込まれる白濁に、思考そのものが塗りつぶされていくようだ。
「はひゅ♡ん゛ッ……♡♡お゛♡お゛ぉ、ほ……♡♡ん゛ぉ……ッ♡♡♡」
「――もう、どこにも行かせないぞ。……私の聖女」
きつくきつく体を抱きしめられ、まるで血を吐くような声でそう告げられる。
穏やかで優しいかつてのイルディオの姿が一瞬だけ脳裏をよぎったが、それも目が眩むような快感に塗部されてしまった。
「これからは、ずっと一緒だ」
慈しむようなその声に、泣きそうになるくらい安心してしまう。
私が本来生きていくべきは、この世界だったんだ――深く吐き出した息と共に、ゆっくりと意識が暗闇へと落ちていった。
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